大阪地方裁判所 昭和59年(ヨ)2444号 決定 1984年8月28日
申請人 今福美佐子
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 岩田研二郎
同 坂田宗彦
被申請人 藤和興産有限会社
右代表者代表取締役 中塚成紀
<ほか一名>
右代表者代表取締役 遠藤安雄
右両名訴訟代理人弁護士 相馬達雄
主文
一 申請人らがこの決定送達の日から七日以内に共同で被申請人藤和興産有限会社に対し金三〇〇万円の保証を立てることを条件に、被申請人らは、別紙目録(一)の土地に建設を予定している同目録(二)の建物について、別紙図面(一)の赤斜線部分地上(と表示)において現地表面から高さ八・八〇メートルを越え、同図面の青斜線部分地上(と表示)において同じく高さ六・一〇メートルを越え、右土地の北側境界線から〇・八メートルの線を北側に越えて建物を建設してはならない。
二 申請人らのその余の申請を却下する。
三 申請費用は被申請人らの負担とする。
理由
第一当事者の求める裁判
一 申請人ら
1 被申請人らは、別紙目録(一)の土地上に、別紙図面(一)の赤斜線部分(と表示)において同図面(二)の赤斜線部分(と表示)を越えて、同図面(一)の青斜線部分(と表示)においては図面(二)の青斜線部分を越えて建物を建設してはならない。
2 申請費用は被申請人らの負担とする。
二 被申請人ら
申請人らの申請を却下する。
第二疎明された事実
当事者間に争いがない事実及び疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。
一 当事者
1 申請人美佐子は、昭和四一年四月五日豊中市岡町北三丁目二三四番宅地一二九・六一平方メートル及び地上の木造瓦葺二階建居宅一棟(一階五〇・九七平方メートル、二階二一・九八平方メートル、その間取は別紙申請人宅図面のとおり、以下申請人ら建物という)を買受け、申請人和広とともに居住して生活している。
2 被申請人藤和興産は、昭和五九年二月二〇日右宅地の南側に隣接する別紙目録(一)の土地(以下本件土地という)を買受け、その地上に同目録(二)の建物(以下本件建物という)を建設し、これをいわゆるワンルームマンションとして賃貸する計画である。
被申請人遠藤工務店は被申請人藤和興産から本件建物の建設を請負った。
二 本件建物の概要
1 用途 共同住宅(車庫付)
2 工事種別 新築
3 構造 鉄骨(耐火建築物)
4 階別 地階及び地上三階
5 敷地面積 一九八・六二平方メートル
6 建築面積 一〇七・一五平方メートル
7 延べ面積 三四二・七二平方メートル
本件建物の地階は車庫、一ないし三階は各階四戸(一DK)の計一二戸が予定され、東西の長さが一五・六〇メートル(階段部分を含む)、南北の長さが七・三五メートルである。
本件建物は、本件土地の現況地表面を嵩上げして、建物が周囲の地面と接する位置の平均の高さの水平面を現況地面プラス〇・六七三メートルとして設計し、地階車庫の床面が平均地盤面マイナス〇・六七三メートル、三階屋根スラブの高さが九・八七七メートル(現況地表面から一〇・五五〇メートル)、東側構造物(階段)が敷地東側の道路中心線から二メートルの有効幅員及び〇・三五メートルの新設側溝と接着し、建物の南側壁面は居室の有効採光を得る必要ぎりぎりの南側敷地境界線から三・七〇メートルの位置、北側廊下構造部分及び西側壁面は壁心から北及び西側の敷地境界線まで各〇・六メートル(壁面から〇・五メートル)の位置に建設されることになる(別紙図面(一)及び断面図参照)。
三 本件土地の地域性
1 本件土地は第二種住居専用地域、第二種高度地区に指定され、阪急電鉄宝塚線岡町駅の西約三〇〇メートルに位置する。同駅西側ロータリー付近と宝塚線の軌道から東側は近隣商業地域に指定されているが、本件土地の南側(阿部宅)に南面する道路(本件土地の南約二〇メートル)から南は第一種住居専用地域(石塚風致地区)、本件土地の北約五〇〇メートル付近から北側も第一種住居専用地域に指定されており、本件土地を含む付近の土地はそれらの地域に囲まれて存在している。
2 申請人ら建物の敷地は本件土地の北側に隣接しているが、付近の土地はゆるやかな南西斜面を形成しており、本件土地はその東側が南北に通ずる道路に接続しているものの、その道路巾が三・三〇メートルの細い道路であり、南から北へゆるやかな上り勾配となっている関係から、この道路の東側に隣接する宅地は道路より一段高くなり、西側に隣接する宅地(申請人ら建物の敷地や本件土地)は道路より一段低くなるという現況で、本件土地は、その南側の宅地(阿部宅)より約〇・四〇メートル高いが、北側の宅地(申請人ら建物の敷地)より約〇・七メートル低く、本件土地の東南端で接続道路より約〇・八メートル、同東北端で接続道路より約一・三メートル低くなっており、現況はもとあった建物が解体され平坦な宅地となっている。
3 本件土地及び申請人ら建物の敷地を含む岡町北三丁目九番の街区並びにこれと接する七、八、一〇、一一番の街区の宅地は、いずれも本件土地とそれ程広狭に差がない一戸建に適するような面積の土地であり、現に大半が独立の二階建住宅の敷地として利用されている住宅街である。
四 日照被害の状況
1 従前の日照の状況
本件土地にはもと木造二階建の住宅が建設されていたが、それが申請人ら建物と十分な間隔もあるうえ、申請人ら建物の敷地と本件土地の高低差もあることから、冬期間においても申請人ら建物の一、二階開口部の日照が確保されていた。なお、本件土地上の右建物は被申請人藤和興産が本件土地取得後解体された。
2 本件建物完成後の日照の状況
本件建物が計画どおり建設されると、本件建物の日影が申請人ら建物に影響を及ぼすが、午前八時から午後四時までの八時間で申請人ら建物の敷地面から四メートルの高さにおける水平面の日影図に基づいて検討すると、
(一) 冬至日時点で、申請人ら建物の一、二階開口部のすべてについて全時間帯が完全日影となる。のみならず、午前一〇時三〇分ころから午後一時ころまでは申請人ら建物全体がすっぽりと本件建物の日影の下におかれる結果となる。
(二) 春・秋分日時点で、申請人ら建物の一階開口部のすべてについて全時間帯が完全日影となるが、二階東四畳半の間の開口部で午前八時から午前一〇時ころまで日照が得られ、西六畳の間の開口部で午後四時ころ若干日照が得られるほか日影となる。なお、午前一〇時三〇分ころから午後一時ころまでの時間帯で申請人ら建物の南側半分が完全日影となる結果をもたらす。
(三) 夏至日時点で、全時間帯申請人ら建物全体に日影を及ぼすことはない。
五 被害の非回避性
本件建物による日照の阻害は、冬至日時点で申請人ら建物の敷地全体に及んでいるため、申請人らにおいて建物を改造するなどしても、直ちにその被害を回避できるものではない。
六 当事者間の折衝の経過
被申請人らは、本件建物建設に関する付近住民に対する説明会で、本件建物の車庫部分はこれを撤去し、他で駐車場を借受け、建物北側壁面を内壁構造とし北側側面から敷地境界線まで〇・八メートルの間隔をとる旨の意向を示し、申請人らはその意向を前提に更に本件建物三階西側部分二戸を削り、本件建物西半分の高さが現地表面から五・六五メートルにするよう求めた(申請の趣旨はこの要求に基づくものである)。しかし、被申請人らは、車庫部分の撤去に応ずるとしても、道路より低い建物を建てたのでは買手も借手もつかないからできるだけ土地を嵩上げする必要があり、最下階の居室の床に〇・四五メートル程度の高さが要求されることからすれば、建物の高さは計画より一・二メートル程度低くなるだけであり、三階西側の二戸を削ることは採算上の理由で応じられないと拒絶した。
第三当裁判所の判断
一 受忍限度
1 前記疎明された事実によれば、申請人ら建物は従前日照を享受し得ていたが、本件建物の建設により、申請人ら建物の一階は冬至日はもとより秋分日から春分日までの秋冬の季間全く日影が得られなくなり、二階の開口部において春・秋分日で漸く二時間程度、それも朝・夕の時間帯に日照が得られるに過ぎず、殊に冬季間日射の及ぼすエネルギーが望まれるにもかかわらず、冬至日においてはそのエネルギー量の多いと考えられる午前一〇時三〇分から午後一時ころまで、申請人ら建物の全体が本件建物の日影によってすっぽりと覆れ、申請人らにおいてその被害を回避し得ないという苛酷な状況となる。
2 およそ住宅における日照は通風とともに快適で健康な生活を享受するために必要欠くことのできない生活利益であって、これは自然から与えられる万人共有の資源ともいうべきものであるから、かかる生活利益としての日照の確保は、これと衝突する他の諸般の法益との適切な調整を考慮しながら可能なかぎり法的保護が与えられなければならない。
3 本件建物による日照阻害は、被申請人藤和興産が経済上の利益追求の観点から、本件土地(実測一九八・六二平方メートル)を最有効に利用して延べ床面積三四二・七二平方メートルもの賃貸共同住宅を建設しようとして、建築基準法に適合する極限の設計をしたこと、また、本件建物の設計にあたり、敷地に地盛りをするなどして現況地表面から〇・六七三メートルの水平面を平均地盤面とし、これからの建物の高さが九・八七七メートルということで、同法五六条の二の日影による高さの制限から外れているとして、日影についての配慮がなされなかったこと、申請人ら建物の南側がその敷地の南側境界線から一・二メートル(一階)ないし二・五メートル(二階)の間隔しかないという事情によるものである。
4 本件土地は前記のとおり都市計画法上第二種住居専用地域、第二種高度地区に指定されてはいるが、付近一帯の地形、域内道路の狭さ、街区の各宅地の面積等から主として低層住宅街として利用されている地域であるといってよく、将来若干の変化は考えられるもののほぼ現状のまま推移するものと予測される。
被申請人らは、第二種住居専用地域として中高層の住宅の建設が認められるべきで、付近にそのような建物が存在する旨主張するが、疎明資料によると、本件土地を中心とする半径一〇〇メートル以内のものは、(一)不二建設(株)白雪寮(鉄筋コンクリート造四階建)、(二)申請人ら建物向いの文化住宅(木造二階建)、(三)文化住宅オークハイツ(鉄骨二階建)、(四)文化住宅鵜飼荘(木造二階建)、(五)日立クレジット豊中寮(木造二階建)、(六)一〇戸建アパート(木造二階建)、(七)店舗と住宅の雑居建物(木造二階建)というように(一)を除いてすべて二階建であり、(一)の白雪寮もその北側隣接建物との間に約八メートルの距離をおいていることが窺われるのであり、本件土地を含む付近一帯が低層住宅地であるという認定を妨げるものではない。
5 本件建物は建築基準法に適合するものとして建築確認を受けたものではあるが、それは敷地に対する許容された極限の建物として適法なものであるというにとどまり、良好な建築空間の確保や隣接地に対する影響など配慮外のもので、本件土地利用の方法として社会的に適切なものであるとはいいがたい面がある。そして、前記申請人ら建物に対する日照阻害の状況に照らせば、本件建物による日影は申請人らにとって受忍限度を超えていると認めるべきものである。
二 差し止めの程度
1 本件建物の設計変更の可能性については、区域内道路の狭さ、勾配等を考慮すると、本件建物に車庫を設けて自動車の出入りを許容することはできるだけこれを避けることが望ましく、駐車場を他に求めて、車庫部分だけ建物の高さを減ずるよう設計変更を求めることは相当であると考えられる。また、本件建物の北側壁面を内壁構造にして北側側面から敷地境界線まで〇・八メートルの間隔をとりうることは被申請人らが自認するところである。
2 そこで、右各設計変更をしたうえ、更に本件建物三階西側二戸の削減を求める申請人らの設計変更案について検討してみる。
その場合一階に居室が含まれる関係上地盤面と床との間に適当な間隔をとることが望ましく(申請人らは、最下階の居室の床下がコンクリートで防湿上問題がない場合、床面の高さを確保する必要がない旨主張するが、本件土地の道路との接続状況等を考慮すると、建築基準法施行令二二条所定の最下階の居室の床が木造である場合に準じ、〇・四五メートルの高さを確保することが望ましい)、それだけ申請人らの主張案より建物の高さが高くなり、したがって、日影も長くなるから、冬至日時点で、申請人らが主張するように申請人ら建物二階東四畳半の間の開口部に午前八時から九時まで、西六畳の間の開口部に正午ころから午後三時ころまで日照が得られるとすることには疑問なしとしない。しかし、仮に冬至日において日照が得られない場合でも、それに近接する時季に日照に恵まれることは確実であるから、日照阻害を緩和し、申請人ら建物に生活する者の健康で快適な生活(肉体的にも精神的にも)確保のため、本件建物三階西側二戸を削る設計変更案は採用されるべきものと考えられる。
右二戸の削減は、建物設計上可能であることが窺われ、ただ賃貸住宅経営の採算面から被申請人藤和興産にとって耐えがたいいものであることは推察にかたくないが、本件土地の面積、付近の土地の利用状況等を勘案すると社会的に不当な犠牲を強いるものとも思われず、また、経済的利益の損失は人間が蒙る健康上の被害と対比するとき譲歩を余儀無くさせるものと考えられる。
3 したがって、申請人らに幾分かでも日照を確保するため、本件建物のうち地階車庫部分(高さ二・二〇メートル)を撤去し、最下階居室の床下高〇・四五メートルを加え、建物の高さを現地表面から八・八〇メートルとしたうえ、最上階西側の二戸(高さ二・七〇メートル)を減ずることにより、建物の西側部分の高さを六・一〇メートルとし、更に北側壁を内壁構造とすることにより生ずる北側敷地境界線と建物北側面の間隔を〇・八メートルとし、右の建物の高さ及び敷地境界線との間隔を越える部分について、本件建物の建設の差し止めを命ずることができる。
三 保全の必要性
本件建物は未だ建設に着手されていないが、当初の設計に基づいて建設が進められ、完成すると、後日その一部を除去することは著しく困難であることが明らかであるから、保全の必要性は認められる。
四 立保証
本件建物の設計変更の必要その他諸般の事情を総合勘案して、申請人らは共同して被申請人藤和興産に対し金三〇〇万円の保証を立てさせ、被申請人遠藤工務店には保証を立てさせないこととする。
五 結論
以上の理由により、主文第一項の限度で申請人らの本件仮処分申請を認容し、その余は却下することとし、申請費用の負担につき民訴法九二条、九三条に従い主文のとおり決定する。
(裁判官 志水義文)
<以下省略>